子供の頃、両親が黒い服を着て帰ってくる度、兄と競って我先に包みを開けたお菓子。地元限定でしょうね。昔は会葬御礼と言えば「蕎麦ぼうろ」が定番で、牛乳と一緒に食べるのが大好きでした。あの頃、何も考えずに「さよなら」を食べすぎたかもしれません。
大人になって随分経ちましたが、親が親しい人とのお別れや、巷に溢れる非情なニュースに出くわす度に書斎に引っ込んで、その背中が歳を追うごと耐性を無くして壊れそうだったあの感じ。ここにきてだんだん、我が身にも沁みてきています。後ろ向きなとこほど似るものなのか。弱ったなぁ。
と、そんなこんな、積もりに積もったもの、こと、休み明けには気持ちを切り替えられるように、気持ちはあっても遠くてなかなか会えない人達と触れ合ったり、心から気楽な仲間と集ったり、一人でしんみり、さよならしたものと語り合いながら不甲斐ない自分を酔うてみたり、、、と、お盆らしい過ごし方をしてみようと予定を詰め込んでみました。
ベタなお盆渋滞に巻き込まれたり、身体中から変な音がしそうなほど疲れて呆れるほど寝込んだり、喋りすぎて喉を枯らしたり舌の両側が擦れて痛かったり、などなど、やらかしてしまった計算計画ミスの失敗を濃縮しつつ。
ヘトヘトな所におツレは優しい顔して言います。「でも、全部自分で決めた事、言い出した事やんな」。「それなあ(笑)」。
今回のお盆で会った、年下の子のお悩み相談に対し、口からぽろっと格言が出てしまいました。「相手に変わって欲しいことがあるなら、まずは自分が変わる事やで」。言ってることは、間違っちゃ無いんですよね。ただ、誰が言うているのか、私かいな、と言う訳で。
お盆というのは不思議なもので、自分の吐いた言葉にすかさず「おいお前」と、今は亡き人達が唱えて実践したアティチュードの数々が今一度、向こうの世界からフィードバックしてくれます。
「人を試すな駆け引きするな」「あれしてあげた、これしてあげた、それなのに、は考えるな」。
マイケルジャクソンでさえ歌い出します。「僕は鏡の中の男に呼びかける。まずは自分から生き方を改めようと。メッセージは単純明快。世の中を良くしたいなら、自分を振り返って自らを変える事だよ」。
「弱い者ほど相手を許す事が出来ない。許すということは、強さの証」ガンジー。
「自分に思いやりが足りない人ほど相手に思いやりを求める。自分の言葉が相手を傷つけていないか、まず反省してみる事」美輪明宏。あ。まだご存命だ。
これまで色んな角度から、姿勢や態度というものを自ら示してくれた人達は皆さん、神様仏様になりました。
随分早い内から、良いお話を聞かせてもらったり、見せてもらって生きてきた筈にもかかわらず、相も変わらず何事も未達成ばかり。だから自分は生かせて貰っているのかな。そう考えるとああ本当に、また色々、忘れた頃の夏の日に、「見守ってるからな。頑張れよ」と向こうの世界から声を掛けてもらいたいんです。
さて。こんなことも珍しいんですが、行ったにも関わらず全くゆとりが無くて、気の利いた写真一枚も撮れなかった軽井沢。何かを持ち帰りたいと究極にすがるのは写真じゃ無くて食べ物かよと自称写真家が聞いて呆れますが(笑)、買い求めた野菜をぎっしり使ってキッシュを焼きました。
今晩は人生の先輩であるお姉様達、パワーと愛溢れるおかん軍団の皆様にこれをお献げして、人生の訓示シャワーを存分に頂きに参ろうという予定です。