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おどる落語。

「滋賀県瀬田・東光寺にて開催された『おどる落語』の感想文」

〜この春ふるえたお菓子の感想と共に。

 

 先日。

 撮影後に今月のお茶席の生菓子を頂いた。桜のきんとんで、「撮影したもので恐縮なんですが」と。

 こちらこそ申し訳無い事だが、商業カメラマンなら誰しも得る役得である。合わせて撮ったお茶はサッと引かれて、たてたばかりのはらはらときめ細やかな上澄みも美しいお茶が出された。

 しかし、この我々にとってはよくある瞬間も、実は冷静になるとひょっとこわい。口に含んだ被写体は、もう二度と撮ることが出来ないから、やり直しがきかない、撮れてなかった、上手くいかなかったの言い訳は決して出来ない。それを踏まえて口にやる。

 言うまいことだが、あるものはやがて無くなる、取り返しもつかなければ引き返すこともできない「写真のこわさ」みたいなものに、わざわざ自分をエッジへ立たせるような心地にもなる。

 

 だからか。

 そんな時は、いけないものを口にするような、いけないものこそ美味しいような、味覚が普段より非常に敏感になる。

 桜葉の香りや風味、僅かな僅かな塩気が効いたきんとん。

 お茶室ともなれば普段のように大きな声も出せず、ううん。。。と唸った。春というものを表現するのに大量の写真を撮って、帳尻合わせする自分の姿勢と表現力の奥行きの無さ、軽薄さにほとほと嫌気がさす。そういう感想と後悔をもたらす味。

 懐紙の上のたったひとつの菓子で、春のすべてを表現する職人。いや。介しているのがお菓子で良かった。作り手の存在がわずか遠くでもう十分まいりました、である。

 いっそこのお菓子を我が知り合う人に配りたくなるが、店舗や百貨店などでは一切販売はされていない。お茶室でのみ食すことが出来る。

 なんて儚くて、特別で、その意味深いことか。

 

 今日、滋賀県大津の瀬田駅近くにある「東光寺」と言う小さなお寺で、今年で三度目になる「踊る落語」なる、毎年この時期開催される、ひとつのお題目を解釈し、コンテンポラリーダンスを軸に物語る落語(あえて)公演を見に行った。

 この公演もまた、どう、体感していない他者に説明するに難しい。

 前回の春、初めて見て号泣し、号泣するような内容では無いからと演者に笑われた。何故そこまで泣いたかの説明をするのはある程度出来るが、つまりお寺の薄暗いお堂の中で、観客の座ってるキワ目一杯まで踊り蠢く姿に、人間がどこまでも屈託無く、無心で、何かを作り上げる様。照らされた照明に演者の隠しようのない全身の細部、足の裏、皮膚のきめ、筋肉の筋、鼻の穴、息遣いに至るまで、観客にすべての時間、凝視され続けるその空間で、演者が全身全霊で表現する姿に震えるからだ。

 そしてこれが肉体競技などの仰々しいお膳立てによるものでなく、その内容の軸が「落語」という、壮大で感動というものとは真逆に位置する、市井の人々の極めて小さくもおかしい物語であって、しかしだからこそ余計に泣けるのだ。

 もちろん。大いに笑ったりもする。

 

 斜に構えたり、気取ったり、ブッたり、虚飾ったり、嘘盛ったり、スカしたり、見栄ったり。。。中身の無い、上っ面スカスカの雰囲気だけだったり。

 時々はそれも良くて、時々はそれも大事として、そんな自分にも、また世間にも食傷気味で疲れて、でもその取り返しのつかない、ファンデーションにコンシーラーだらけのくせもう辞め方もわからない、その場限りでぎこちない日常の連続にあると、目の前で展開される落語ドラマの方が、よほどに真実に思えてくる。

 これ、もっと広く知ってもらえたら良いな。。。と思った瞬間、ふと、先日食べた桜のきんとんの味が頭の中に蘇った。当たり前だが公演中の録音、録画、写真撮影は不可。重ねて、この公演自体、他でやることも、また別日に再演されることも、今のところ無い。

 真理、なんてたいそうなことは自分には言えないけれど、本当のことは本当のことほど、儚くて、実体自体を簡単に残したり、表層すら誰彼かまわず伝えられるわけじゃ、無いんだなと思った。

 

 ちなみに、今回の落語のお題は「夢の瀬川」。若旦那が夢で見た一級の美女と、その情景描写を細やかとありあり語る旦那に焼きもちを焼いてしまう、若女将の話。

 夢の瀬川を渡って、現実と非現実が行ったり来たり。

 

 また、来年のこの時期の公演が楽しみである。

 知らぬ仲では無い演者の方らと終わってから、去年よりは照れず(これは私の問題w)に喋れて良かった。また来年も元気に生きて、お会いしたい。若干出だしに酒の力でも借りて、ほんとはたくさんほんとのこと、くだらないけど大事なこととか喋り合いたい。

 それから、おおよそ自分の行動パターンと生息域にて知り合いと出会うことは滅多と無いのだけれど、長年声の仕事をしていて、近頃講談師になったと電波の噂では知っていた人と久しぶりに実写で再会出来たのも嬉しかった。

 

 そうしてこの公演が、じわじわと若干の電波、口伝で世間に広がって、多くの人が面白く思われたら、いいなと心から思う。

 

※写真は和菓子メーカー「叶匠壽庵」の本拠地である、滋賀県大津市龍門「寿長生の郷」茶室にて。

谷口菜穂子写真事務所
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