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瀬戸内海に浮かぶ風待ち潮待ちの島。大崎上島へ。

港に面したかつての造船所跡にて。

 瀬戸内海に浮かぶ島。

 広島県は大崎上島まで、木造建築の調査へ向かう専門家の皆さんに引っ付く形で一泊二日で初めて訪れた。

 

 もう20年近く前のこと。尾道が地元だった写真専門学校の教え子が写真展をやるというので初めて訪れた、広島の尾道や鞆の浦の、街並みや海と島々が織りなす営みの光景にすっかりハマり、その後何度も撮影の旅に出向いた頃を思い出す。

 鞆の浦では、地元の名物・酒屋のおとうさんと仲良しになった。先日、思うところあって積年の手紙群の整理をした際、そうだった、あのおとうさんとも、撮った写真を送ったりして文通してたんだと振り返ることがあった。

 SNSもまだ無かったし、メールのやり取りよりも、まだ手紙というものが電話以外、かろうじて主たる通信手段だった頃(手紙のやりとりが私自身好きだったと言うのもある)。そんなに昔じゃ無いのにな。随分世の中は変わってしまったし、あれから尾道も鞆の浦も、これはある意味良い意味で若い世代を中心に見直され、古い街並みやその土地の固有の文化が資産価値として改めて見直されるようにもなった。

 

 フェリーに乗って、しばし海を渡り、また上陸する。土地の皆さんにとっての日常は、普段海の遠い私にとって、全ての瞬間が新鮮かつ懐かしい。

 瀬戸内海に浮かぶ島と言えば、某巨大派遣会社が移転した淡路島を始め、国産オリーブ発祥の地である小豆島、アートの島とも称される直島、豊島、大島、島民よりも猫が多い左柳島、戦時中は毒ガス製造が行われて地図から消された島であったものの、今や野生のうさぎを目当てに観光客が訪れる大久野島。。。など、それぞれにトピックがあって他所から訪れる人も多い島々にあって、今回の大崎上島は、未だ多くの人に知られていない存在なのでは無いだろうか。そんな私も勿論そうで、今回お誘いいただいた先生から、「4階建とか5階建とかの立派な木造建物や、商家のお屋敷がいっぱい残ってるらしい」と聞いて、それは是非見たい!となって便乗させて頂いた次第である。

 さて今一度、大崎上島について、私も勉強がてらインプットとアプトプットを同時に。

 

 瀬戸内海に浮かぶ広島県の離島の中では最も大きい島で、瀬戸内海全体で見れば小豆島の次に大きな島。古墳時代の製塩土器が出土しており、古来より塩作りが行われていたそうだ。年貢は他の島々と同様に「塩」を納め、また交易を行った。

 江戸時代には製塩と漁業で栄え、また造船や廻船操業が主幹産業となり、近代には海運、造船、塩田、酒造と栄華を極めたそうだ。また、瀬戸内航路を通る船による風待ち、潮待ちをするために立ち寄る港があり、当時は全国各地の文化を各地の人々と共に受け入れた。そんなかつての街の様子は、豪商らのお屋敷跡や、旅館建屋、遊廓跡などに生々しいほど残っている。現在は柑橘類の栽培や漁業、造船を生業とする島だ。

 

 先導して下さった先生曰く、「ここはまるで海に囲まれた島国・日本の縮図のよう」と言われたのはまさしくで、遠く昔から近代まで、明治、大正、昭和がギュッと海に囲まれそのまま保存され、いよいよ少子高齢化の波に飲み込まれてしまいそうなところをギリギリで存在している。

 が、今こそ新たな風によって、新たに見直され、残して活かされるべきと思われる街の光景が残る、固有の文化と歩みの宝庫と呼べる島である。

 

島の可愛い案内サイトリンク↓

https://osakikamijima-navi.jp/

 訪れたタイミングが悪くて雨続きの悪天候。なので撮った写真はいよいよノスタルジックというか、アンニュイというか、物悲しげな写真になってしまったけれど、そんなグレイッシュな島の風景にあって、お出会いしてお家を色々見せて頂いた中でも、特にこの島で暮らすおかあさん達の可愛らしさ、明るさ、人懐っこさ、優しさ溢れる振る舞いや言葉遣いにはグッとくるものがあった。

 

 なんせ建物メインの視察だったのと、私の腕が、先日亡くなられた巨匠・篠山紀信さんのように「会って30秒で人を裸にさせる」技量が無いので痛恨の極みですが(苦笑)、そんな魅力溢れる島のおかあさんらの内、出会って数分、シャッターを切ったのは僅か3枚!それでもこの全くの他人である私に見せてくれた笑顔のチャーミングさよ。これ、私の技量じゃなくておかあさんのお人柄の賜物です(掲載に関して肖像権お尋ねするの失念していてすみません。ご家族の方など見られまして困るとなったら即削除します。本当に素敵な笑顔だったのでどうしても載せたかったんです)。

 

 先生達が専門分野の建物の内部構造を見学されてる間、私はおかあさんと喋ったりしてると、デコポンを(みんなよりもたくさん)貰いました。ご自身で栽培されているそうだ。

 家々を巡っていると、一人暮らしにはあまりに巨大で立派な家でお暮らしになっておられ、古い家屋なのでもちろんのこと、とんでもなくノンバリアフリーだ。お年はたいてい私の親より上だけれど、あらゆる介護サービスも受けず、今なお農業もやって過ごされている。室内も掃除が行き届いていて、あちこちにそっと、庭で咲いた花々を飾ってらっしゃる。足腰なんか、私の親は論外、いや私よりもしっかり強くてらっしゃるのでは。毎日の生活自体が都会で言うならちょこっとジムやリハビリ施設。なんと素晴らしい。

 自分の生まれ育った場所で、家族を見送って、海を見て、先祖や自らの歴史を刻んだ大事な家で暮らす。なんでも揃っていると思われがちな、便利な都会暮らしの価値観による物差しだけで見てしまうのはあまりにも浅はかだ。

 甘いも酸いも通り越して、身の丈で、充実した素晴らしく豊かな人生を過ごされているのが、皆さんのお顔全てで物語っている。

 

 また、色々教わりたいし、おしゃべりしたいし、四季を通して、島のあちこちや歴史文化が伝わる写真を撮りたいな。

 出来れば写真を見て、「自分も訪れてみたい」といろんな人が思ってくれるような。

 そう心から思った。


 追伸。

 

 おかあさんから頂いた「デコポン」は、長く楽しみたいし思い出に浸りたいので、果肉はシードルと砂糖で煮てジャムに、皮は細切りして砂糖煮したのをフードドライヤーでドライフルーツにしました。
 あの日見た雨模様のグレーの世界にひときわ目を引くオレンジ色。


 おかあさんの優しさや明るさに似て、そして大変美味しく出来ました。感謝。


谷口菜穂子写真事務所
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